2005年03月01日

The episode of lost journey #3


【「The episode of lost journey #2」からの続き】

 フォルクローロの街の明かりを今度は左手に見ながら、列車は進んで行った。雪はまた少し弱くなったが、まだ降り続けていた。雷も時々思い出したように、空の片隅を明るく光らせていた。そのたびに、青年が「雷などはいつでもすぐに起こってくる」と教えてくれたポランヶ原に連なる山々の尾根が、はっきりと見えた。
 それからまた私は、しばらく眠ってしまったようで、目が覚めると列車は短いトンネルをちょうど出ようとしているところだった。と、青年はなぜか窓の外をしきりに見て、立ち上がるような素ぶりをしていた。
「どうしたのです」私は青年に云った。
「ええ。そろそろセンニーノ峠に着くころですからね。そこからミナージョまでは歩いて行かねばなりませんから、そろそろ降りる支度をしようと思って」青年は真面目な顔をして答えた。
「歩いて行くって、どういうことです」私は不審に思い、青年に尋ねた。
「索道もありますが、それは荷物用なので人は歩いて行くのですよ」
「いや、でも次のモントパセーヨの駅から歩いて行ったりなんかしませんよ。このまま、列車に乗ったままでラ・オツェアーノまで行けますから」
 青年は私の話にとても驚いたようで、
「何だ。そうだったのですか。私はまた、てっきり……。ああ、そうか。私が伏せている間に、ラ・オツェアーノの鉱山鉄道とつながったんですね」と答えた。
「うん、まあ、そういうことになります」私は青年の云った索道や鉱山鉄道という言葉が気になったが、それ以上彼を混乱させたくなかったので、納得したような返事をした。
 やがて、列車はモントパセーヨを過ぎ、長い長いトンネルに潜り込んだ。
「ああ。この長いトンネルができたから、索道に乗り換える必要がなくなったんですね。さぞ大変な工事だったでしょう」青年はすっかり感心したように云った。
「まあ、たぶん、そうだろうと思います」私は少しも自信がなかったので、独り言を云うように答えたが、列車の走る音にかき消されて、青年には聞こえなかったようだった。
 トンネルを抜け出て、カヴェルノを通り過ぎた時分には、雪はわずかな降りになっていた。駅のはずれには何か工場らしき建物がぼんやりと見えたが、とうに明かりは消え、はっきりとは分からなかった。すると、青年はそれを見て云った。
「ああ。工場だな。きっと採石工場だ。たぶん石灰石か何か採っているのに違いない。このあたりの山は大抵そうです」
 私は窓を見たままだったが、青年は話し続けた。
「じつは協会の活動をしたあと、ほんの少しの間でしたが、採石工場の仕事の手伝いをしたことがあるのです。その工場はここではなくて、ツワカマの方にある工場でした。石灰粉というやつはね、農地の土壌を改良するのに大変効果があるのです。モリーオの高等農林に通っていた時に、そう学びましたから、それを何とか普及させたいと思いまして。それで工場の仕事を手伝ったのです」
 青年が会社勤めをしていたというのを聞いて、私は少し興味がわいた。
「いったいどんな仕事をされていたのです」
「はい。工場主に頼まれまして、その炭酸石灰の製品の成分やら効能やらを、詳しく説明した型録とか宣伝物の文案をこさえたりしました。それと、その石灰製品の見本を詰めた大きなトランクを下げて、肥料を扱う方々の商店に出向いて、ぜひお宅に置いてもらえないだろうかと、談判をしに行ったりもしました」
「つまり、セールスをされていたのですね」
「英語だと、そうもいいますね。そうして、ある日東京まで出かけて行って、宿にたどりついたとたん、そこで倒れてしまいました。チェールアルコの家に電話を入れまして、『私も終わりかと思いますから、最期にお父さんの声が聞きたくなりました』と。家の者が心配して帰る手配をしてくれまして、やっとの思いでチェールアルコに戻り、それから床についてしまったのです」青年はくやしそうな表情を見せて、話し終わった。私もそれを聞きながら、彼がひどく気の毒に思えてきた。
「ああ。あれをご覧なさい。あんなに下の方に駅がありますよ
 青年の云うとおり窓を見ると、はるか下に駅のホームの明かりが見えた。
「もうすぐミナージョの駅です。といっても、まだ数本トンネルを抜けてカーブをぐるりと回って、あすこまで降りていかねばなりませんが」こう私が説明すると、青年は静かに笑いながら、うなづいていた。

【「The episode of lost journey #4」へ続く】


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posted by Yasuhiko Kambe at 17:20| Comment(0) | Episode | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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