2005年02月28日

The episode of lost journey #2


【「The episode of lost journey #1」からの続き】

 列車はチェリーヌ・アルボイを通過していた。
 雪は少し小降りにはなったが、止みそうにもなかった。まったくの夜の闇の中を、降りしきる雪に向かって列車は走っていた。
 その時、車窓の遠くの空のあたりがぼうっと光り、黒い山並みのシルエットがにわかに浮かび上がった。それは稲光りだった。
「ははあ。ポランヶ原の雷神が目を覚ましたな」青年もその電光を見たのか、車窓を見つめながらつぶやいた。
「あの山並みのずっと奥のあたりがキタカムヤ山地のまん中で、ポランヶ原というじつに気分のいい高原が広がっています。そこはちょうど、東の海の側からと西の方からの風とがぶつかる、お定まりの場所なのです。だからあんな雷などは、いつでもすぐに起こってくるのです。じっさい、あの高原の方へ行く時には、近づくに従って、だんだん雷神の碑を見るようになります」
「あなたもそこへ行ったことがあるのですか」私は彼に尋ねた。
「ええ、何度もありますとも。歌などを楽しく歩いて行くと、その山道だって決してつらくはありませんでした……」
 雪の車窓に、こんどは発電所らしき建物が、川べりに建っているのが見えた。
「あれ、発電所でしょうか」と青年に聞くと、
「あれはルイシガーサ川の水力発電所です。水も……」青年が云いかけた時、
「切符を拝見いたします」私たちの席の横には、青い制帽を被った背の高い車掌が、いつのまにか立っていた。
 私は、乗車券と急行券の大小二枚の切符を手渡した。車掌はスタンプを入れ、私に返すと、それきり車両の後ろの方へ立ち去ってしまった。私は当然、青年の切符も検札するものとばかり思っていたので、その車掌のことを少しいぶかしく思った。青年は、雪夜の車窓をぼんやりと眺めていた。
 フェルヴォイポントを通り過ぎる時、駅の手前には踏切が立っていた。
「ほら、ご覧なさい。踏切たちはああやって、列車を妨害する者がいないかどうか、にらみを利かせているのですよ。そら、右、左、右、左。両方の目をぎょろぎょろさせているでしょう」青年は愉快そうに云った。私は、そんな風に踏切を見たことはなかったが、云われてみればその通りである。それから、窓を叩く雪はいっそう激しくなった。
 列車がパッセン大街道に沿って大きく右へカーブして行くと、ガラクシーア・カーヨの人里の明かりが見えてきた。まもなく駅を通過すると、急に列車のエンジンが、それまでよりも一際大きく、うなり始めた。ここらは、よほど急な登り勾配なのだろう。列車はちょうど高い鉄橋にさしかかっていた。
「昔は軽便鉄道も窓が開けられましたからね。この橋のところで、窓から顔を出して、列車の進む方向を見ますと、それはもう、まるで星空に向かって走って行くように見えたものです」青年は夢で見たことを人に聞かせるように、しみじみと話した。
「ほら、左の後ろの方をご覧なさい。さっき渡ってきたあの橋が、あんなに下できれいに輝いて見えますよ」
 私はシートから立ち上がって、云われたとおりそちらを見たが、木立ちの影の間に淡い光がぼんやりと見えただけだった。

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 ……列車はグラーノイにさしかった。線路のそばには柏の木の林が広がっていたが、一本残らず白くなって枝を震わせている。
「この雪では仕方ありませんね。でも夏の夜には柏の木大王を囲んで、みんな自分の文句で自分の節で歌くらべをして過ごすのですよ。九等賞まではメダルももらえて、枝にかけてもらえるのです」と、青年は車窓を向いたまま云った。
「こんな大雪では来たしるしをつけることも、できないしなあ」彼はさびしそうに付け足した。
 その林を過ぎ、しばらくすると再び大きなカーブにさしかかった。そして、ポランヶ原の稲光りが閃いた時、列車の進む先に立っている信号が、青く灯っているのが見えた。それはまるで青玉か何かのようで、実に美しい情景だった。
「シグナレスも、こんなひどい雪の中、よく頑張って灯っていますね。大して立派なものです」青年はうなづきながら云った。
「シグナレス? 信号のことですか」
「ええ。軽便鉄道の信号はシグナレス。ノーザ・イスト線は幹線ですから、シグナルというのですよ」青年は落ち着きはらって云いました。
「どうして、あなたは私が信号、シグナレスを見ていることに気づいたのですか。あなたと私は反対の方向を向いて座っているのに」
 その問いかけに青年は答えず、しばらく空白が続いたが、私は何を云ったらいいか、わからなくなってしまい黙り込んだ。その後、私は何だか眠たくなり、しばらくうとうとしていた。
 目を覚ますと、列車はちょうどテクシーロにさしかかるところだった。とうに、フォルクローロ盆地に入っていたのである。と、向かいのシートにいた青年が、ほうと叫び、
「ああ。さっき、年寄りの百姓が一人、駅に立っているぎんどろの木の下で雪をしのいでいましたね」と話しかけてきた。
 私はまだ半分寝ぼけていたので、青年に軽く相づちを打った。
 駅を過ぎると、列車は雪に埋もれた休耕田の中を進んでいるようだった。その畦道のあたりには、ところどころに焚火が灯され、青年はそれを見ながら、
「ああ。何だか三角標を思い出しますね。ちょうど、さそりの形のようだ」とつぶやいていた。
 ルイシガーサ川を渡り、列車はフォルクローロの街にさしかかった。ホームに入る手前、右手の線路の横に小さなSLがあり、それは何だか眠っているようにも見えた。列車はだんだんと静かになり、いくつかのシグナレスと転轍器の灯を過ぎて、ホームに停まった。
「フォルクローロでは列車行き違いのため、四分間停まります」と車掌の案内放送が流れた。ふと通路をはさんだ向かいのボックス席を見ると、そこにはもう赤ひげの人の姿はなかった。すでに改札を出ようとしているのかと思い、反対側のホームにある改札口を見てみたが、赤ひげの人の丸くかがんだ背中も着古した外套も見えなかった。
「あの人、どこへ行ったんだろう」私がつぶやくと青年は、
「たぶん、ここに宿をとっているのですよ。さて、私もここでどうしても訪ねなければならない知人がおります。このあたりに古くから伝わる民話をまとめたりしている方なのですが、こないだわざわざ家まで見舞いに来ていただいたものですから。なに、発車までにはちゃんと戻ってきます」と帽子を手にして立ち上がり、デッキの方へ歩いて行った。私は、駅舎の二階にあるホテルの部屋の明かりを見ながら、赤ひげの人はここに泊まるのだろうか、などと考えていた。
 やがて、列車の停まっているホームの片側に、ラ・オツェアーノからの上り列車が到着した。それからまもなく青年も戻って来て、私たちの乗った列車は駅を後にした。

【「The episode of lost journey #3」へ続く】
posted by Yasuhiko Kambe at 22:36| Comment(0) | Episode | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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